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三木稔 オペラ日本史連作 作品紹介

じょうるりJoruri オペラ全3幕(英語版・日本語版を並行して作曲)
作曲年◆1985年
作・台本◆Colin Graham(コリン グレアム)
日本語版◆武本明子の文学的翻訳を基に、三木稔・三木那名子
日本語版改定(2005年)◆三木稔             
時と場所◆17世紀、大阪―熊野
関連する当時の代表的芸能◆人形浄瑠璃

ストーリー
 阿波少掾が率いる人形一座では人形浄瑠璃の上演や稽古が活発に行われている。太夫には自分が盲目になったことと、若い妻お種と出合ったことに関連する奇しき因縁がある。一方、弟子たちの上に立つ若い人形師与助はお種を強く恋慕し、お種もいつか与助に惹かれていく。弟子たちは感づいてそれを比喩したりするが、盲目の太夫が知るすべもない。ある時、与助の彫った頭(かしら)を案じていた太夫は突然ことの重大さに気付く。互いに愛し合う三者間に深い葛藤が生れ、太夫は一度は若い二人を赦すが、時代は幸せな解決を赦さず、お種と与助は太夫がかつて書いた浄瑠璃台本に導かれて、遠い熊野の山中に道行し、聖なる滝に心中を遂げる。

登場人物◆ お種(Sop)、与助(Bar)、 阿波少掾(Bas)、三人の訪問者(全て同一のTenによる)、弟子1=聞太(Ten), 弟子2=言次(Bar),弟子3=見造(Bas)
楽器編成◆オーケストラ(2.2.2.2-2.1.2.-2Perc-Str)と尺八、新箏(21絃)、太棹三味線
音楽総時間◆2時間40分
アリアなど◆阿波少掾《劇中劇「為永の死」》、与助《千鳥鳴く船路》、お種秋のアリア《奈良坂行けば》、お種《お種の琴歌》、お種+与助+少掾《君の他に誰をか》、少掾の語り《わしが若い頃》、お種冬のアリア《陽が落ちて風寒く》、三人の弟子+お種《第二の劇中劇「たのえ御前の涙」》、お種+与助《恋は呪文》、三人の弟子たち《賢い三猿》、三人の弟子たち《踊り歌「惚れた女を口説くなら」》、少掾《降れ、雪よ降れ》、岩藤(第二の訪問者=お種の母)+三人の弟子たち《お前は役立たぬ婿だ》、六重唱《昔より世は》、少掾の分身+少掾《東の空が白むのに》、与助+お種《長い春の日》、お種+少掾《あなたこそ息の根、わが命》、お種+与助+少掾+三人の弟子たち《道行「熊野心中」》、このオペラの《序曲》+第二幕への《前奏曲》+第三幕の《間奏曲》で《筝協奏曲第5番》となる

委嘱初演者◆Opera Theatre of Saint Louis(OTSL、セントルイス・オペラ劇場)
世界初演◆1985年、セントルイス・オペラ劇場
阿波少掾:Andrew Wentzel、お種:Faith Etham、与助:John Brandstetterほか
指揮:Joseph Recigno、尺八:坂田誠山、新箏(21絃):吉村七重、太棹:田中悠美子、
セントルイス交響楽団
演出:Colin Graham、美術・衣装:朝倉摂、振付:尾上菊紫郎

英語版日本初演◆88年、日生劇場(セントルイス・オペラ劇場を招待して英語版上演。この上演をドリームライフ・コーポレーションがLD及びVideoで発売)
トャIペラ・b蛯、るり
日本語版初演◆2005年, Theatre1010
阿波の少掾:木村俊光、お種:澤畑恵美、与助:黒田博ほか
指揮:Andreas Mitisek、尺八:坂田誠山、新箏(21絃):吉村七重、 太棹:鶴澤寛也、
東京交響楽団
演出:Colin Graham、美術・衣装:朝倉摂、振付:尾上菊紫郎、照明:吉井澄雄
この上演のハイビジョン・ライヴ録画あり(未公開)
出版◆全音楽譜(英語・日本語版ボーカルスコア)(オケパート レンタル)
上演回数◆3次11ステージ
世界初演評と批評◆ニューヨーカー誌及びフィナンシャル・タイムズ掲載のアンドリュー・ポーター氏評

作曲者ノート
 《あだ》のロンドンでの稽古中、グレアムに「Minoruのようなオペラ向きの作曲家が、なんで今までオペラを書いてこなかったのだ。次のオペラは何の予定か?」と聞かれた時、近世(江戸時代)の代表的芸能を取り込める三部作を考え始めていた私は、咄嗟に17世紀の人形浄瑠璃世界が題材だと答えた。81年、グレアム演出・三木指揮でロンドン同様に成功を収めた《あだ》の米初演後、セントルイス・オペラ劇場(OTSL)のリチャード・ガッデスはその第10シーズンのために、私たち二人に次作を委嘱した。
 浄瑠璃という日本近世を代表する文学史上、外国人キリスト教徒が書いたのは初めてと思われるコリン・グレアム台本に、すでに東西の意識を超えていた私の音楽が自在に流れる第三のオペラ《じょうるり》(英語でもJoruri)は85年3月に脱稿した。音楽書法としては、私が《急の曲》で創案したIDセリー(Identity series)をオペラに援用し、強い効果を上げたことが忘れられない。これで私の最初の目標だった『オペラ近世三部作』が完結。この極めて異色なオペラは、初演直後地元新聞で意地悪く叩かれ、周囲の人たちの自分を見る目も違ってきたような気がして、最終日までいたたまれない日々を送ったが、帰国後送られてきたニューヨーカー誌(ロンドンではフィナンシャル・タイムズ紙)に書かれた英語圏きってのオペラ評論家アンドリュー・ポーターの評で最後に笑うことができた。作曲への批評部分を載せる。
 「西欧の劇場に対する日本の劇場の影響は、イエ―ツ、ブレヒト、ブリテン、ピーター・ブルック、ピーター・セラーズの作品でさまざまの形を取っている。《じょうるり》は、その形式や、婉曲さと率直さの対称や、ペースの驚くべき変化や、詩的な結末を準備する独創性において、新しく、きめ細かな西洋の反応を具現している。三木のスコアはあらゆる点でこのドラマにマッチし、生気を与え、劇を演じきっている。
 全てのクロス・カルチャーの作曲家の中で、三木は個性的で、しかも高度に表現力をもった音楽言語をもって、日本と西洋の要素をおそらく最も成功裏に結びつけた作曲家である。《じょうるり》の音楽は、その繊細さにおいて、並みの表現でないという点において、感動的な音色の配合において、柔軟なリズムと運びにおいて、さらにまた感銘的な旋律線において特筆すべきである。
 上演はブリリアントであった。聴衆は魅了され尽くしたようで、最後の瞬間、深い感動の表現である静寂が生れ、それは次第にブラボーに、そして長いスタンディング・オベイションに移っていった。
 日生劇場がOTSLを招いて88年に行った日本初演も大方の識者の強い共感を得たが、当初から作ってあった日本語版での日本初演は20年も実現せず、2005年9月朝倉摂先生のご努力でやっと陽の目を見た。その密度の高さはハイ・ヴィジョンの録画及びNHK・FMが放送した録音で確かめられる。




三木 稔